Working Essay · Institutional Investment Series
論考別紙 · 第3.1版

数式の読み方

論考別紙 本編十五式の、概念による解剖 — 剥がす式・訳す式
性格 論考別紙(考える紙)第6号。本編・統合各章・補遺には一切手を加えず、そこに登場する十五の式だけを取り出して、一つずつ概念から解剖する——「何を言っているか」「なぜこの形か」「どこに落とし穴があるか」を、加減乗除の予備知識だけで読める形で書く。第2.0版から第2.10版まで第Ⅱ部として抱えていた「導出と決定」(決める式の十三式)は、第3.0版で論考別紙〔決める式〕(第30号)へ独立させた。本紙は「読む」巻、第30号は「決める」巻である
凡例 本紙の式はすべて本編から転載(式10〜13は本文中の式のブロック化。補式と推定誤差の二式を除く——その係留は検証の記録に依る)であり、原典係留は本編の当該章に依る。式番号は1〜15で、〔決める式〕の式16〜28がこれに続く。数値例はすべて模式値で、制作リポジトリのテストが機械検算している
読む順 どの節も独立に読める。表1(十五式の一覧と本編の住所)から必要な式へ飛ぶ引き方と、Ⅱ→Ⅸを通読して「剥がす式と訳す式」という骨格を得る読み方の、両方に耐えるよう作った
版 第3.1版(巻末に参考文献欄を新設(書誌の完全形・内容不変)。前版3.0)· 2026年10月
工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす。
—『論語』衛霊公
本紙の使い方

本編で式を飛ばした読者のための巻です。式に苦手意識があるなら、Ⅱ節の式1(評価額は真値と過去の混合である)と数値例1だけ読んでください——本書の数式思想の半分は、そこにあります。決め句は一行です——式を恐れる者は式に騙される。式を読める者だけが、式を疑える。

本紙は「読む」巻です。一段だけ深く、式で「決める」ところまで進むなら、論考別紙〔決める式〕(第30号)へ——第2.10版まで本紙の第Ⅱ部だったものを、独立の巻にしました。式番号は本紙の十五式に続きます。

論考別紙
数式の読み方 — 本編十五式の、概念による解剖
式は、縮めた文章である。読めない式は飛ばしてよい、と本編は言った。本紙は、飛ばした読者が戻ってくるための道である。

論考別紙 Ⅰ読み方 — 式は縮めた文章である

本編と統合各章には、あわせて十五の式が現れる。多くはない——本書は数式の本ではなく、どの式も、飛ばしても論旨を追えるように書かれている。だが飛ばしたままでは、二つのものが手に入らない。第一に検算の力。本書は「主張を信じるのではなく、検算せよ」と繰り返すが、検算の入口は式である。第二に疑う力。運用者の資料にも、コンサルタントの提案書にも、これらの式は(しばしば説明なしに)現れる。式を読める者だけが、式の前提を問える。本紙は、本編の本文と補遺には一切手を加えず、登場する式だけを取り出して、一つずつ概念から解剖する——各式について「何を言っているか」「なぜこの形か」「どこに落とし穴があるか」を書く。数学の予備知識は、加減乗除と「平方根は伸びを抑える」という感覚だけでよい。

表1 十五式の一覧と、本編の住所
式名前一言でいえば本編の住所
式1鑑定平滑化評価額は真値と過去の混合であるオルタナ編第1章
式2非平滑化(デスムージング)混合を逆算して真値を取り戻すオルタナ編第1章
式3GLM移動平均観測リターンは真のリターンの数期平均オルタナ編第1章
式4自己相関補正シャープ粘るリターンは√12則で年率化できないオルタナ編第1章
式5KS-PME指数に入れた対抗馬との倍率比オルタナ編第2章
式6ペーシングモデルコールと分配の将来経路の機械オルタナ編第3章・補遺C
式7期待信用損失貸倒れ確率×毀損率オルタナ編第14章
式8キャップレート不動産の値段は収益÷利回りであるオルタナ編第15章
式9ファクター回帰アルファは引き算の残りである伝統資産編第1章
式10基本法則(IRの法則)腕前×√機会数×移転係数伝統資産編第5章・第6章
式11リスク寄与度リスクは足し算に分解できる伝統資産編第8章
式12実効銘柄数分散の実質は名目本数より少ない伝統資産編第8章
式13DTSクレジットのリスクはスプレッドに比例する伝統資産編第17章
式14赤字の確率単年度赤字37%は設計の帰結である統合本章第2章
式15時間の平方根時間は平均のリスクを痩せさせる統合本章第2章

論考別紙 Ⅱ平滑化の数学 — 見かけの静けさを剥がす(式1〜4)

私募資産の評価額は鑑定に基づく。鑑定人は、新しい市場情報を一度に全部は反映しない——係争を避け、根拠を固め、前回の評価に錨を下ろす。この行動を一行に縮めたのが式1である。

式1 Vt∗=αVt+(1−α)Vt−1∗(0<α≤1)V^{*}_{t}=\alpha V_{t}+(1-\alpha)\,V^{*}_{t-1}\qquad(0<\alpha\le 1) α(アルファ)は「新情報をどれだけ取り込むか」を表す調整速度。α=1なら平滑化なし(毎期、真の価値をそのまま反映)。α=0.4なら、新情報の4割しか今期に反映せず、残り6割は過去の評価を引きずる。

何を言っているか。今期の評価額 V*t は、真の価値 Vt をα、前回の評価額 V*t−1 を(1−α)の重みで混ぜたものだ、という仮説である。αは「更新の速さ」——α=1なら評価は真値そのもの、α=0.5なら新情報の半分しか反映されない。なぜこの形か。この単純な混合が、観測されるリターンの三つの病理——変動の過小、自己相関(前期のリターンで今期がある程度当たる)、市場との相関の過小——を同時に説明するからである。リターンで書けば、観測リターンの分散は真の分散の α2−α 倍に縮む。α=0.5なら3分の1——見かけのボラティリティは真の6割弱しかない(数値例1)。私募が「安定して見える」ことの正体が、この一行にある。

式2 rt=rt∗−(1−α)rt−1∗αr_{t}=\frac{r^{*}_{t}-(1-\alpha)\,r^{*}_{t-1}}{\alpha} α は報告リターンの一階自己相関 ρ₁ から推定できる(単純なAR(1)近似では α ≈ 1 − ρ₁)。この補正で、真のボラティリティは概ね次の倍率で拡大する:σ真 ≈ σ報告 × √[(1+ρ₁)/(1−ρ₁)]

式2は式1の逆算である。混合の規則が分かっているなら、観測系列 r* から真の系列 r を機械的に取り戻せる——分子は「今期の観測から、前期の残響を差し引く」、分母のαは「縮んだ振幅を元の大きさに戻す」。落とし穴。第一に、αは推定量であり、推定を誤れば復元も誤る(推定はリターンの自己相関から行う——オルタナ編第1章)。第二に、この逆変換はノイズも同じ倍率で増幅する。第三に、αは危機に動く——市況が壊れた四半期には鑑定の錨が強まり(αが下がり)、最も知りたい瞬間に最も歪む。

ここで、本編第1章と補遺Aが文字で書いている推定の中身を、式で開いておく(補式1)。αはどう測るのか。補正でボラティリティは何倍になるのか。

補式1 α≈1−ρ1,σ真≈σ報告×1+ρ11−ρ1\alpha\approx 1-\rho_{1},\quad\sigma_{\text{真}}\approx\sigma_{\text{報告}}\times\sqrt{\frac{1+\rho_{1}}{1-\rho_{1}}}

なぜ α≈1−ρ₁ か。式1をリターンの言葉に直すと rt∗=αrt+(1−α)rt−1∗——観測リターンが「自分の前期の値」に係数(1−α)で依存する、AR(1)(一次の自己回帰)過程である(真のリターン自身には自己相関がない、という近似の下で)。そしてAR(1)過程の一階自己相関 ρ₁ は、その係数そのものに等しい——自己回帰の定義から一行で出る性質である。ゆえに ρ₁=1−α、裏返して α=1−ρ₁。観測できない「鑑定の錨の重さ」が、観測できる「リターンの粘り」から読める——この読み替えがAR(1)近似の全てであり、補遺Aの手順が自己相関の計測から始まる理由である。

なぜ 1+ρ11−ρ1 か。式1の平滑化は、過去の真のリターンを幾何級数の重み α, α(1−α), α(1−α)², … で混ぜ続ける。分散は重みの二乗和に比例するから、観測分散は真の分散の α2[1+(1−α)2+(1−α)4+⋯]=α2−α 倍——数値例1で使った分散比そのものである。ここに α=1−ρ₁ を代入すると α2−α=1−ρ11+ρ1。逆数の平方根を取れば、真のボラティリティは報告値の 1+ρ11−ρ1 倍——α表記とρ表記は、同じ一つの恒等式の裏表である(α=0.5 と ρ₁=0.5 は同じ世界を指す)。倍率の感覚を持っておくとよい: ρ₁=0.3で約1.4倍、0.5で約1.7倍、0.8で3倍。自己相関は、隠れた分散の量り売りの目盛りである。

αはどれほど確からしいか。補式1は点推定である。四半期リターンn個からρ₁を推定したときの標準誤差はおおよそ 1−ρ12n——四半期百個・ρ₁=0.6なら約0.08である。平均も同時に推定する通常の場合、推定量には小標本の偏りがあり、その大きさは概ね −(1+3ρ₁)/n(同じ条件で約−0.03)——平滑化を実際より小さく見る向きに働く。誤差は倍率へ伝わる。ρ₁が0.52・0.60・0.68のとき倍率は1.8・2.0・2.3倍——標準誤差一つ分の幅で、復元されたボラティリティは上下に1〜1.5割ほど動く。しかも倍率の式は分母に1−ρ₁を持つから、ρ₁が高いほど、同じ誤差が大きく拡大される。剥がした数字を検収する者が問うべきことは、したがって四つである。標本期間はどれだけか。模型は何で、次数はいくつか(模型の差がどれほど効くかは〔決める式〕Ⅱ節末尾)。上場の代理指標と突き合わせたとき、復元値はその帯に収まるか。そして、αを±0.1動かしたとき、結論は生き残るか。

式3 Rto=θ0Rt+θ1Rt−1+⋯+θqRt−q,θj∈[0,1],∑θj=1R^{o}_{t}=\theta_{0}R_{t}+\theta_{1}R_{t-1}+\cdots+\theta_{q}R_{t-q},\quad\theta_{j}\in[0,1],\ \sum\theta_{j}=1 平滑化の程度は指数 ξ = Σθj²(グザイ)で測る。ξ=1なら平滑化ゼロ、小さいほど強い平滑化。例:θ=(0.5, 0.3, 0.2) なら ξ=0.25+0.09+0.04=0.38。

式3は、同じ現象のより一般的な書き方である(Getmansky–Lo–Makarov)。観測リターン R°t は、真のリターンの現在から q 期前までの加重平均であり、重みθは合計1。式1のような一つの機構を仮定せず、「とにかく観測は真値の移動平均である」とだけ置く——ヘッジファンドのように平滑化の機構が多様な場合に強い。重みの推定値そのものが診断になる: θ0が小さいほど、今期の数字に今期の真実が入っていない。

式4 SR年率=12·SR月次12+2∑k=111(12−k)ρk\mathrm{SR}_{\text{年率}}=\frac{12\,\mathrm{SR}_{\text{月次}}}{\sqrt{12+2\sum_{k=1}^{11}(12-k)\,\rho_{k}}} ρk:k次の自己相関。全ρ=0なら分母は√12=3.46に戻る。

式4は、この病理がいちばん実務に刺さる場所——シャープレシオの年率化——である。月次シャープを年率にするとき、慣行は√12を掛ける。だがこの√12則は「各月が独立」という前提の上にしか立たない。リターンが粘る(自己相関ρkが正の)系列では、分母の中の 2∑(12−k)ρk が正になり、正しい年率化係数は√12より小さくなる——つまり√12則は、平滑化された資産のシャープレシオを系統的に過大評価する(Lo 2002)。私募やヘッジファンドの「驚異的なシャープ」の一部は、収益の腕前ではなく年率化の算術から来ている。数字を疑う順番として、リターンより先に、まず換算則を疑え——これがⅡ節全体の教訓である。

導出
式4はどこから来るか — 定義から四段で機械的に出る

出発点は定義だけである——年率シャープレシオとは、12か月合計リターン R=r₁+…+r₁₂ のシャープレシオのこと(月次超過リターンは定常、すなわち μ・σ²・ρk が期間中不変とする)。

  • 段1(分子) 期待値は和に対して線形: E[R]=12μ。平均は自己相関に無関心である——歪みはすべて分母で起きる。式4の分子の「12」はここから来る
  • 段2(分母) 和の分散は「分散の和」では済まない。二乗を展開すると交差項が全て現れる: Var(R)=∑iVar(ri)+2∑i<jCov(ri,rj)。第1項は 12σ2、第2項が本体である
  • 段3(数え上げ) 定常性から Cov(ri,rj) は間隔 k=j−i だけで決まり、ρkσ² に等しい。ラグkの組は12か月の中に (12−k) 組——ラグ1は11組、ラグ2は10組、……、ラグ11は1組。ゆえに Var(R)=σ2[12+2∑k=111(12−k)ρk]。和が k=11 で止まるのは、12か月の窓の中にそれ以遠の組が存在しないからである
  • 段4(組立) SR年率=E[R]Var(R)=12·SR月次12+2∑(12−k)ρk——式4。検算: 全ρk=0なら分母は√12に退化して√12則が特殊解として戻り、ρk>0なら分母は√12を超えて、√12則は年率SRを過大評価する

暗黙の前提を三つ添える——①定常性(危機ではρ自体が動く)②超過リターンで測っていること ③これはLo(2002)の一般式であり、平滑化はρ>0を作る典型例の一つにすぎないこと。

導出を終えると、分母にもう一段の読み方が生まれる。ρ>0のとき分母の中身が12を超えることは、1年分の平均の精度が、独立な12か月分に満たない——実効的な独立月数が12より少ない——ことの別表現である。例えばラグ1に ρ₁=0.5 があるだけで、実効的な独立月数は約6か月に落ちる——1年の成績の中に、独立な情報は半年分しか入っていない。そしてこの読み方は、本書の式の家族を一つに束ねる: 式10の√BR(独立な賭けの数)、式12の実効銘柄数、式15の√h——見かけの標本数ではなく、独立な標本の実効数の平方根が、リスクと精度を決める。式4を含む四つの式は、この一つの原理の四つの顔である。

数値例 1
α=0.5 のとき、見かけのボラティリティはいくらか
  • 分散比=α2−α=0.51.5=13
  • ボラ比=1/3≈0.577
  • 観測ボラティリティが7%なら、真のボラティリティは約 7%÷0.577 ≈ 12%

含意: 「新情報の半分を反映する」という穏当な鑑定行動だけで、リスクは半分近くに見える。リスク予算・相関行列・配分最適化にこの数字をそのまま入れれば、誤りは体系全体へ伝播する——補正(非平滑化)が任意でなく義務である理由。

論考別紙 Ⅲ対抗馬の算術 — PMEとダイレクトアルファ(式5・補式2)

式5 KS-PME=∑tDt1+r0,tm+NAVT1+r0,Tm∑tCt1+r0,tm\mathrm{KS\text{-}PME}=\dfrac{\sum_{t}\frac{D_{t}}{1+r^{m}_{0,t}}+\frac{\mathrm{NAV}_{T}}{1+r^{m}_{0,T}}}{\sum_{t}\frac{C_{t}}{1+r^{m}_{0,t}}} Dt:分配、Ct:コール、rm0,t:0期からt期までの指数の累積リターン。PME > 1 なら「指数に置いておくより良かった」、< 1 なら「指数に負けた」。年率の超過収益(%表示)として表現し直したものがDirect Alpha(Gredil, Griffiths & Stucke, 2014)で、実務上はこちらが解釈しやすい。

何を言っているか。「このファンドに入れた金を、同じ日に同じ額だけ市場指数に入れていたら、いくらになっていたか」という対抗馬を作り、実績との倍率を取る。分母は、各期の出資 Ct を市場のその後のリターンで割り引いた(=指数で運用した場合の現在価値に直した)合計。分子は、受け取った分配 Dt と終端評価額 NAVT を同じ規則で直した合計。比が1を超えれば、市場に勝った——それだけの式である。なぜこの形か。私募の成績指標の標準であるIRRは、キャッシュフローのタイミングに汚染される——早い分配がIRRを吊り上げ、サブスクリプション・ラインで人為的に演出もできる(オルタナ編第2章)。PMEは割引率そのものを市場リターンにすることで、タイミングの巧拙と市場の追い風を一挙に控除する。Kaplan–Schoarの洞察は「ベンチマークを別に選ぶのではなく、割引率をベンチマークにする」という一点にある。落とし穴。①分子のNAVTは運用者の自己申告であり、清算前のPMEは常に仮の数字(式1〜3の全病理がここに入り込む)②指数の選択一つで答えが動く——小型株ファンドを大型株指数と比べれば勝ちやすい③1.05という値の解釈: 資金の実働は名目の十年より短いとはいえ、市場+5%累計は、年率に直せば僅かである——正確な年率は、この後の補式2(ダイレクトアルファ)が与える。

この落とし穴③への正式な答えが、本編が名前だけ紹介したダイレクトアルファ(Gredil–Griffiths–Stucke——オルタナ編第2章・補遺B)である。式で書けば、こうなる(補式2)。

補式2 0=∑tD˜t−C˜t(1+a)t+NAV˜T(1+a)T,X˜t=Xt1+r0,tm0=\sum_{t}\frac{\tilde{D}_{t}-\tilde{C}_{t}}{(1+a)^{t}}+\frac{\widetilde{\mathrm{NAV}}_{T}}{(1+a)^{T}},\quad\tilde{X}_{t}=\frac{X_{t}}{1+r^{m}_{0,t}}

材料はPMEと完全に同じである——全キャッシュフロー Xt を、実現した指数リターンで同一時点の価値 X̃t に換算した系列。PMEはこの材料から比を作ったが、ダイレクトアルファは残差の年率を解く: 指数換算後のキャッシュフロー系列を正味ゼロにする内部収益率 a が、指数に対する年率超過収益そのものになる(実務では ln(1+a) の連続複利で表示することも多い)。ファンドの成績が指数と全く同じなら、換算後の系列は自然に相殺して a=0——PME=1 と ダイレクトアルファ=0 は、同じ地点の二つの名前である。「PME 1.05は、結局年率で何%なのか」という委員会の問いに、勘の換算ではなく定義で答える式であり、報告に最も適した形はこちらである。ただしIRRの族である以上、複数解や再投資の解釈上の注意は残る(補遺B)。

論考別紙 Ⅳ帳簿の未来 — ペーシングモデル(式6)

式6 Ct=RCt×(CC−PICt),Dt=dt×NAVt−1(1+G),dt=(t/L)BC_{t}=\mathrm{RC}_{t}\times(\mathrm{CC}-\mathrm{PIC}_{t}),\quad D_{t}=d_{t}\times\mathrm{NAV}_{t-1}(1+G),\quad d_{t}=(t/L)^{B} Ct:t年のコール=コール率RCt×未実行残高(総コミットCC−払込済PIC)。Dt:分配=分配率dt×成長後NAV。分配率は経過年数tのべき乗(t/L)Bで立ち上がる(L:ファンド期間、B:立ち上がりの鋭さ)。〔オルタナティブ編〕の図1・図5はこのモデルの出力である。

三本の小さな式が、私募プログラムの将来キャッシュフローの機械(Takahashi–Alexander型)を成す。第一式: 今年のコール Ct は、未実行残高(約束額CCから払込済みPICを引いた残り)にコール率 RCt を掛けたもの——呼ばれる金は、残っている約束からしか呼ばれない。第二式: 今年の分配 Dt は、成長後のNAVに分配率 dt を掛けたもの。第三式が設計の妙で、分配率 dt=(tL)B はファンド年齢 t が寿命 L に近づくほど1へ立ち上がる——べき乗 B が立ち上がりの遅速を決める(Bが大きいほど、分配は後半に集中する)。なぜ重要か。この機械を回して初めて、「目標配分を維持するには毎年いくら新規コミットすべきか」「危機の年に現金はいくら要るか」が計算できる。実務の急所はパラメータの出自である——RC も B も平時のデータから推定されるが、危機には分配が深く涸れ、コールは止まらずに続く(Robinson–Sensoy——双方が市場と順循環し、分配の落ち込みがより深い)。だから補遺Cは コール率×1.5・分配率×0.3〜0 の複合ストレスを検査の標準に置いた。モデルの式は単純でよい。単純な式に、厳しい入力を通すことが規律である。

論考別紙 Ⅴ資産の値段の骨格 — 信用と不動産(式7〜8)

式7 期待信用損失≈PD×LGD(デフォルト確率 × デフォルト時損失率)\text{期待信用損失}\approx\mathrm{PD}\times\mathrm{LGD} シニア担保付ローンの歴史的な目安は PD 2〜3%、LGD 30〜40%(回収率60〜70%)だが、いずれも銀行融資時代・低金利期の標本に基づく。ユニトランシェ(回収データがほぼ存在しない)とコベナンツライト化がこの目安をどれだけ劣化させるかは、次の景気後退まで誰にも分からない。

プライベート・デットの世界を二文字×二文字に縮めたのが式7である。期待信用損失は、デフォルト確率 PD と、デフォルト時にいくら毀損するか(LGD=1−回収率)の積。直観。受け取っているスプレッドのうち、この積に相当する部分は「保険料の前受け」であって、超過収益ではない——好況期には損失が実現しないため、保険料がまるごと腕前に見える(オルタナ編第14章の中心論点)。落とし穴。これは期待値であり、分布ではない。PDとLGDは不況で同時に悪化する(担保価値は借り手が倒れる日に下がる)——積の実現値は、平時の掛け算が示唆するより重い尾を持つ。

式8 V=NOIc→ΔVV≈ΔNOINOI−ΔccV=\frac{\mathrm{NOI}}{c}\;\rightarrow\;\frac{\Delta V}{V}\approx\frac{\Delta\mathrm{NOI}}{\mathrm{NOI}}-\frac{\Delta c}{c} c:キャップレート。分母が4%のとき、cの1%ポイント上昇は価値を約20%毀損する——価値のキャップレート感応度は概ね 1/c、すなわち「デュレーション20〜25年の資産」に相当する。

式8は不動産の値段の会計恒等式である。物件価値 V は純営業収益 NOI をキャップレート c で割ったもの——「年間収益の何倍で取引されるか」の逆数が c だと言ってもよい。右側の近似が実務の急所で、価値の変化率は収益の変化率とキャップレートの変化率の差に分解される。つまり不動産のリターンには二つのエンジンがある: 賃料(NOI)と、評価倍率(c)。低金利期の不動産の輝きの多くは NOI ではなく c の低下——倍率の膨張——から来ており、金利が戻れば同じ算術が逆回転する。キャップレートは不動産の割引率であり、金利リスクはここに隠れている(オルタナ編第15章)。

論考別紙 Ⅵアルファの定義 — 回帰と、基本法則(式9〜10)

式9 Ri−Rf=α+βm(Rm−Rf)+βs·SMB+βv·HML+εR_{i}-R_{f}=\alpha+\beta_{m}(R_{m}-R_{f})+\beta_{s}\,\mathrm{SMB}+\beta_{v}\,\mathrm{HML}+\varepsilon Rf:無リスク金利、SMB(Small Minus Big):小型株ファクター、HML(High Minus Low):バリューファクター。モメンタム(Carhart 1997のUMD)を加えた4ファクター、収益性・投資を加えたFama–French 5ファクター(2015)が後継。ここでのαが「ファクターで説明できない真の付加価値」の推定値となる。

本書で最も思想的な式が、この見かけ上ただの回帰式である。左辺は運用者の超過リターン。右辺は、市場(Rm−Rf)・小型株(SMB)・割安株(HML)という三つのファクターへの感応度(β)で説明できる部分。そしてαは、その引き算の残りである。何を言っているか。アルファは絶対的な実在ではなく、モデルに相対的な残差だ——ファクターを一つ増やすたびに、昨日までαと呼ばれていたものの一部がβへ移る。市場だけで測れば「腕前」に見えた成績が、小型・割安を入れると「安く買える系統的な傾き」に分解される(オルタナ編第1章のラグ付きベータも、このεの中に隠れていたβを掘り出す同じ作業である)。実務の含意。「アルファがある」という主張には、必ず「どのモデルに対して」が付随する。報酬契約が単純な指数対比で書かれ、評価が多因子で行われる二層構造(伝統資産編第7章)は、この式の政治学である。

式10 IR=IC×BR×TC\mathrm{IR}=\mathrm{IC}\times\sqrt{\mathrm{BR}}\times\mathrm{TC}

式10は、アクティブ運用の成果の生産関数である(Grinold の基本法則、制約付き拡張は Clarke–de Silva–Thorley)。情報比 IR——リスク1単位あたりの超過収益——は、三つの積に分解される。IC は腕前(予測と実現の相関。優れた運用者でも 0.05 程度——53勝47敗の世界)。BR は年間の独立な賭けの数。TC は移転係数——確信をポートフォリオに書き写せた割合で、制約の価格である。なぜ平方根か。独立な試行を n 回重ねたとき、平均の精度は n 倍ではなく√n 倍でしか改善しない——コイン投げの大数の法則そのものである。含意が三つ出る。①僅かな腕前も、独立な機会が多ければ大きな成果になる(クオンツの論理)②機会の少ない領域——年に数件のマネージャー選定はその極限——では、短期成績はほぼ運である(Mauboussin、伝統資産編第2章)③ベンチマークの押し付けが TC と BR を同時に削る機序(論考別紙〔参照点の統治〕Ⅱ)は、この式の上で正確に読める。

論考別紙 Ⅶ配分の言語 — リスクの足し算(式11〜13)

式11 RCi=wi×∂σ∂wi,∑iRCi=σ\mathrm{RC}_{i}=w_{i}\times\frac{\partial\sigma}{\partial w_{i}},\quad\sum_{i}\mathrm{RC}_{i}=\sigma

ポートフォリオのリスクσは、単純な足し算では分解できない——資産同士が相関するからである。だが限界寄与(ウェイトを僅かに増やしたときのσの増分 ∂σ/∂w)にウェイトを掛けた量 RCi を使えば、その合計は厳密にσに一致する(同次関数に関するオイラーの定理の応用)。これがリスク寄与度であり、「配分の言語を資金からリスクへ」という本書の標語の数学的な足場である。資金では6:4のポートフォリオが、リスクでは9:1である——この訳し直しを可能にするのが式11で、実際の計算は伝統資産編の数値例8-1が電卓で再現している。落とし穴。寄与度は共分散行列の関数であり、行列が平滑化データで汚れていれば(Ⅱ節)、言語ごと汚れる。

式12 N実効=1∑iwi2N_{\text{実効}}=\frac{1}{\sum_{i}w_{i}^{2}}

式12は分散の「実質」を測る。ウェイトの二乗和の逆数——全銘柄が等ウェイトなら N実効=銘柄数、集中していれば急減する(w=0.9/0.1 の2銘柄なら 10.81+0.01≈1.2——名目2銘柄、実質1.2銘柄)。産業の集中度指標 HHI の逆数と同じものである。使い道。「200銘柄に分散しています」という報告の検算。リスク寄与度で測った実効数はさらに小さくなるのが常で、株式リスクが支配する典型的な年金ポートフォリオは、リスクで見れば実質ほぼ1銘柄である(伝統資産編第8章)。

式13 DTS=Ds×s,ΔPP≈−DTS×Δss\mathrm{DTS}=D_{s}\times s,\quad\frac{\Delta P}{P}\approx-\mathrm{DTS}\times\frac{\Delta s}{s}

式13はクレジットの活動量の物差しである。債券価格のスプレッド感応度(スプレッド・デュレーション Ds)にスプレッド水準 s を掛けた量 DTS——スプレッドの変動が比例的(水準の高い銘柄ほど大きく動く)であるという実証に立てば、クレジットのリスクは Ds 単独ではなく DTS に比例する。直観。同じデュレーション5年でも、スプレッド300bpの銘柄は100bpの銘柄の3倍動く。ゆえに「クレジットをどれだけ持ってよいか」のガイドラインは、額でもデュレーションでもなく DTS で書く(伝統資産編第17章、論考別紙〔参照点の統治〕Ⅴ)。

論考別紙 Ⅷ時間と確率 — 37%の算術(式14〜15)

式14 P(R<0) =Φ(−μσ) =Φ(−4%12%) ≈37% P(R<0)=\Phi\left(-\frac{\mu}{\sigma}\right)=\Phi\left(-\frac{4\%}{12\%}\right)\approx 37\% P(10年間無赤字) =(1−0.37)10 ≈0.6310 ≈1% P(\text{10年間無赤字})=(1-0.37)^{10}\approx 0.63^{10}\approx 1\% μ=期待リターン(年率)、σ=ボラティリティ(年率)、Φ=標準正規分布の累積分布関数。年次リターンの独立を仮定した正規近似。

統合本章が期待の管理の算術的基盤に置いた式である。年率リターンが平均μ=4%・標準偏差σ=12%の正規分布に従うなら、単年度が赤字になる確率は、ゼロが平均から何標準偏差下にあるか(μσ≈0.33)を標準正規の累積分布Φに通して、約37%。さらに各年が独立なら、10年間一度も赤字を出さない確率は 0.63 の10乗——約1%。何を言っているか。3年に1回強の赤字は、この設計の故障ではなく仕様であり、「毎年黒字」という暗黙の期待は、統計的に不可能な要求だということ。この二つの数字を理事会と社会に事前に語っておくことが、統合本章の言う期待管理の中核である——暴落の後に語れば言い訳になり、前に語れば設計になる。

式15 P(h) =Φ(−μσh) P(h)=\Phi\left(-\frac{\mu}{\sigma}\sqrt{h}\right) μ・σは年率。h=1/12(月次)で約46%、h=1(年次)で約37%、h=10(10年累積)で約15%。

式15はその一般形で、評価期間を h 年に伸ばしたときの「期間平均が赤字になる確率」を与える。平均のばらつきは√h分の1に痩せるから、Φの中身に√hが掛かる——h=1で37%、h=10なら Φ(−0.33×10)≈15%。時間は、平均のリスクを痩せさせる。長期の評価軸が単なる恩情ではなく統計の要請であることの、最短の証明である。落とし穴を二つ。①痩せるのは「平均」のリスクであって、終端の富のばらつきは時間とともにむしろ広がる——「長期だから安全」の乱用への戒め ②この算術は正規性と独立性を仮定しており、現実の尾は厚く、危機は連鎖する(統合終章Ⅷ)。式は出発点であって、結論ではない。

論考別紙 Ⅸ結び — 式を疑う自由

十五の式を並べ終えて、共通の骨格が見える。本編の式は、二種類しかない。剥がす式(式1〜4・9——見かけから真実を取り戻す)と、訳す式(式5〜8・10〜15——成績を対抗馬に、資金をリスクに、単年度を時間軸に訳し直す)。どちらも、何かを当てにいく式ではない(式6の経路の機械も、当てる式ではなく、仮定を通す式である)。数字の作られ方を問うという本書の第一の習慣を、機械にしたものである。そして全ての式に共通する最後の注意を記す——式は仮定の上に立ち、仮定は式の外に書いてある。正規性、独立性、パラメータの安定。式を使う資格は、式を信じることではなく、その仮定が壊れる日を知っていることである。式を恐れる者は式に騙される。式を読める者だけが、式を疑える。

第2.10版まで本紙の第Ⅱ部(Ⅹ〜ⅩⅤ・決める式)だった六節は、第3.0版で論考別紙〔決める式〕(第30号)へ移した(2026-09-27)。本文は逐語同一で、式・数値例・図の番号は本紙に続く。

論考別紙参考文献

本欄は 第3.1版(2026年10月)で新設した。それまで本紙の書誌は資料別紙〔文献解題〕へ統合していたが、解題は姓と年で引く読書案内であり、誌名・巻号を持つ書誌の完全形は各巻の欄が正典である(本書の文献規約)。書誌は〔検証の記録〕の確認記録と CrossRef で照合した。