予備知識は仮定していない。用語は初出で説明し、Ⅰの末尾に機構部品の小辞典を置いた。読み方は三通りある。
骨格だけを掴む。表2(模式ファンドの勘定。コミット1,000億円で、GPに約286億円)、数値例1(キャッチアップ条項一つで50億円が動く算術)、Ⅴの五つの視点。この三つで、報酬が統治の議題になる理由が分かる。
契約を読む前に。Ⅲの小節「ハイブリッド型」と表4(三型の違い)、図4(返還の配管)、Ⅵの四つ組。米国型か欧州型かではなく、どのつまみがどこに置かれているかを読む。
全体を通して。Ⅰから順に読む。Ⅴ末の「系譜」で、なぜここまで複雑になったかを知り、Ⅵ末の「階層」で、自分がどの階層にいるかを問う。決め句は一行である。再計算できない報酬は、監督されていない報酬である。
国の形を知るには、憲法を読めと言う。ファンドの形を知るには、報酬の条項を読むのがよい。誰が危険を負い、誰が先に受け取り、誰が損の後始末を持つか。共同事業の権力の配置は、すべてそこに書いてある。
まず登場人物を置く。私募ファンドは、出資者であるLPと、運用者であるGPの共同事業である。LP(リミテッド・パートナー)は、金を出すが経営には関与しない有限責任の組合員で、年金基金などのアセットオーナーはここにいる。GP(ジェネラル・パートナー)は、ファンドを組成し投資判断を行う運用会社である。LPはコミットメントを差し入れる。出資の約束額であり、一括では払わず、投資案件が決まるたびに少しずつ呼び出される。約束は10年前後続き、原則として途中ではやめられない。
この前提の上で、本紙の主張を先に言う。伝統資産の報酬は、サービスの価格である。オルタナティブの報酬体系は違う。10年間解約できない共同事業における、リスク・時間・推定誤差・忠誠の配分規則の総体である。成功報酬であるキャリーは、誰が危険を取るかを配分する。分配の順序規則であるウォーターフォールは、誰が先に回収するかを配分する。返還条項であるクローバックは、早く払いすぎた報酬を誰が持ち戻すかを配分する。GP自身の自己出資であるGPコミットメントは、口だけでなく身銭を切っているかを配分する。報酬体系が、統治機構を兼ねているのである。本書がLPA(ファンドの基本契約)の交渉を「リスク管理の前倒し実行」と呼んだ根拠は、正確にはここにある(呼称は伝統資産編第7章。LPA条項の各論の足場はオルタナ編第6章)。
ここから、「複雑かつリッチ」という形容の二重性が出る。複雑さの一部は技術である。長期・非流動・情報非対称の契約問題は、単純な価格では書けない。しかし一部は煙幕である。料金の次元が多いほど、他社と比べられなくなる。見出しの数字(後述の「2/20」)は数十年動かない。報酬構造の硬直性は、Gompers–Lerner以来くり返し記録されてきた。その一方で、実際に払う総額は、見えない次元で大きくばらつく。監督者の仕事は、告発ではなく分離である。複雑さの中の、どこまでが技術で、どこからが煙幕か。
| 層 | 構成要素 | 監督上の急所 |
|---|---|---|
| 第一層 顕在フィー | 管理報酬(何に料率を掛けるかの基準が、コミットメント額→投下額→残存簿価と切り替わる)/キャリー(優先収益・キャッチアップ・欧州型と米国型とその中間の修正型・クローバック) | 見出しの料率は動かない。実効を動かすのは基準と順序 |
| 第二層 準隠れ層 | GPが投資先企業から直接徴収するフィー(買収助言料=トランザクションフィー、経営指導料=モニタリングフィーと、売却時に残り契約年数分を一括請求する「出口時加速」)/オフセット率/ファンド運営費用の付け替え/運用体の人件費等を投資家に直接転嫁する経費パススルー(ヘッジファンド)/HWMと結晶化頻度 | 競争は見えない次元で起きる。オフセットの市場標準が50→80→100%へ動いた歴史自体が、この層の存在証明 |
| 第三層 構造イベント | サブスクリプション・ライン(出資呼出しの代わりの銀行借入枠——優先収益の時計を短縮する)/継続ファンド(GPが資産を自分の新ファンドへ移す取引——キャリーを確定させ、時計を再起動する)/GP持分の売却・運用会社の上場/セミリキッド化(解約制限付き商品化——恒久的な残高課金へ) | 報酬イベントは自己創出されうる。流動性イベントの姿をした報酬イベントを見分ける |
第一層で最も誤解されるのはキャッチアップである。100%キャッチアップの下では、優先収益(ハードル、伝統的に8%)は分配の順序を変えるだけで、GPの取り分を1円も減らさない。ただし、利益がキャッチアップの完了点を超える限り、である(完了点は数値例1の中間形)。LPへの優先分配が終わった瞬間、GPは「ハードルが無かった場合の自分の取り分」まで一気に追いつく(数値例1)。「8%のハードルがあるから安心」という読みは、契約書の一つ隣の条項で覆されている。
第二層の存在は、制度の歴史が証明している。米国の証券当局は2014年、検査した私募ファンドの相当部分に、費用配分や開示されないフィーの問題があると公表した。以後、投資先徴収フィーのLP帰属(オフセット)は100%へ、モニタリングフィーの出口時一括加速は廃止へと、市場の標準が動いた。発注者側から見えるようになった次元でだけ、価格競争は起きた。見えない次元の価格は、動かなかった。第三層は本書の各論と接続する。サブスクリプション・ラインが成績指標を化粧し、優先収益の起算を歪める機構はオルタナ編第2章にある。継続ファンドの利益相反は、同第5〜6章にある。
電卓で追試できる粒度の模式例を置く。コミットメント1,000億円のバイアウト・ファンド、期間10年とする。うち新規投資を行う投資期間は5年である。管理報酬は、投資期間中はコミットメント額の2%、以後は残存簿価の約1.5%。優先収益8%、100%キャッチアップ、キャリー20%の欧州型である。成績はグロスMOIC 2.0xとする。投下した資本が、報酬を引く前の段階で2倍になって戻った、という意味である。すべて模式値である。
| 記号 | 項目 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|---|
| A | LP拠出(コミットメント) | 出発点。10年間、原則やめられない約束 | 1,000億円 |
| B | 生涯管理報酬 | 2%×A×5年 + 約1.5%×残存簿価×5年 | 約140億円 |
| C | 実投下資金 | A − B − 組成等10 | 850億円 |
| D | 総回収(グロス2.0x) | C × 2.0 | 1,700億円 |
| E | ファンド利益 | D − A | 700億円 |
| F | 優先収益(ハードル8%累計) | Dの分配で、Aの返還の次にLPへ(模式値) | 250億円 |
| G | キャッチアップ(100%) | F × 20/80(=キャリー率÷LP側の率)。GPの受取が利益分配累計の20%に追いつくまで。完了時点の累計 F+G=312.5億の20%がG | 62.5億円 |
| H | 残余(80/20の対象) | E − F − G | 387.5億円 |
| I | キャリー | E × 20%(= G + H×20%) | 140億円 |
| J | 未オフセットの投資先フィー | 30億 × 20%残存(80%オフセット時) | 6億円 |
| K | オフセット還元 | 30億 × 80% → LPへ | 24億円 |
| L | LPネット分配 | A + F + H×80% + K(= D − I + K) | 1,584億円(ネット1.58x) |
| M | GP総取り | B + I + J | 約286億円 |
三つの読みが立つ。第一に、グロスで作られた富850億円(回収から投下を引いた額)のうち、約34%にあたる286億円がGPに残る。「GPの取り分はグロス利益の約3分の1」という実証(Phalippou 2020ほか)の、算術的な再現である。第二に、このファンドが利益ゼロ(グロス1.0x)で終わっても、管理報酬140億円は支払われる。うちコミットメント額基準の約100億円(コミットメント額の10%)は、無条件に確定する。残る簿価連動分も、成績には鈍感である。第三に、LPが受益者100万人の年金基金なら、GP取り分286億円は加入者一人あたり約2.9万円の移転である。料率ではなく、この形の金額に換算したときに初めて、報酬は統治の議題になる。統合本章の語彙で言えば、聴衆に届く形になる。
表2のファンド(利益700億円)。優先収益(LPが先に受け取る年8%相当)の累計は、模式値で250億円とする。
含意:利益が完了点(本例では312.5億円。下の中間形を参照)を超えるファンドでは、8%ハードルは、フルキャッチアップの下では「GPが受け取るのが少し遅くなる」という時間の話にすぎない。取り分の話ではない。条項一つで50億円が動く契約を、見出しの「2/20」だけで比較することはできない。
中間形も読めるようにしておく。実務の契約は、上の両極だけではない。英系の条件調査(MJ Hudson, PE Fund Terms Research 2020年版)では、キャッチアップを持つファンドが約84%、うち約74%が100%型である。残りは80%・50%などの部分キャッチアップである。部分形は、この算術の内挿にすぎない。レートをr、キャリー料率をc(20%)と置く。追いつきに要する利益の区間は cH/(r−c) である。Hはハードル累計で、導出は〔数式の読み方〕式27の導出ボックスにある。r=100%で区間は最短になり、本例では総利益312.5億円で完了する。rがcへ近づくほど区間は伸び、r=cでハード・ハードルに一致する。本例のように利益が完了点を大きく超えるファンドでは、80%でも50%でもキャリーは140億円のまま動かない。レートが取り分を動かすのは、利益が区間の中で終わる平凡なファンドだけである。区間内では、キャリーはr×超過利益になる。利益300億円なら、100%で50億円、80%で40億円、ハード・ハードルで10億円である。条項の価格は、成績の位置の関数である。好調域では化粧、平凡域では実弾である。そして平凡域で終わるファンドは、分布の厚い側に少なくない(図2)。
小辞典の二型は、両端である。実務の多くは、その間にある。案件ごとに成功報酬を払う米国型の骨格を残し、払う前にファンド全体の検査を挟む。この型を、法律実務は修正型、あるいはハイブリッドと呼ぶ。ILPA自身はこの語を使わない。ILPAは2019年の原則で全体清算型を最善の実務と明言し、翌2020年に案件別型のモデル契約を自ら公表した。その条文が、修正型の事実上の標準形になった。日本の実務は全体清算型が多数である(経済産業省のモデル契約の語法では、ヨーロピアン・ウォーターフォール)。修正型を読む必要が生じるのは、主に米国の案件別ファンドに出資するときである。
修正型の部品は、表3に整理した。核心は、GPが取り分を受け取る前にLPへ何を返させるか、すなわち先取りの範囲である。純粋な米国型では、その案件の原価を返せばよい。修正型では、実現した全案件の原価、未実現案件の評価損、費用と管理報酬の累計を返し終えるまで、取り分は発生しない。三つのうち実務で最も差が出るのは評価損である。損失を相殺するか否か(ネッティング)より、未実現の案件を何で評価するかが、保護の厚さを決める。評価には三段階がある。原価と時価の低い方、公正価値、ゼロ評価である。下へ行くほどLPに厚い。米国の中間検査の多くは公正価値を使う。
| 部品 | 規範・条文 | 交渉の実勢 |
|---|---|---|
| 実現済み案件の原価回収 | ILPA原則3.0「実現済み投資の全コストの回収」/モデル契約(案件別版)第14.3条=当該案件と全実現済み案件の出資額 | 純粋米国型は当該案件の原価のみ。実現済み全案件への拡張は市場で一般的 |
| 未実現損失のネッティング | 原則3.0「部分的減損と償却の継続的な穴埋め」/モデル契約=未実現損失の合計(公正価値基準) | 評価基準が実質——原価と時価の低い方/公正価値/ゼロ評価の三段階 |
| 費用・管理報酬の累計回収 | 原則3.0「当日までの全費用の回収(按分ではなく)」/モデル契約第14.3条 | 按分か全額かが交渉の分岐点 |
| 中間クローバック | 原則3.0/モデル契約第14.7.2条=投資期間終了の1年後から毎年、仮想清算で検査し10営業日内に返還 | 案件別ファンドの約7割が持つが、その8割は単一の検査日(2017年調査) |
| エスクロ(第三者預託) | 原則3.0「30%以上」/モデル契約第14.7.3条「30%」 | 推奨値と実勢は別——案件別ファンドで預託を持つのは約14%、水準25%(2017年調査)。50%は異例。欧州で採用する場合の最頻は50%(2026年調査) |
| 保証・連帯責任 | モデル契約第14.7.4条=GP構成員の連帯責任 | 預託の代替として約7割 |
| 純資産カバレッジ検査 | 原則3.0=純資産の125% | — |
数字で読む。表2のファンドを三案件に分け、実現の順序を固定する。最終のキャリーは三型とも140億円で等しい。違いは、いつ払われ、払い過ぎがどう戻るかにしかない(数値例2・図3)。
表2のファンド(実投下850億円・総回収1,700億円・利益700億円・キャリー20%)を三案件に分ける。案件①原価300が750で実現(t1)、案件②原価300が150で実現(t2・損失150)、案件③原価250が800で実現(t3)。費用150億円(管理報酬140と組成10)はt1までに全額発生したとみなし、優先収益とキャッチアップは最終の取り分を動かさないので(数値例1)省く。オフセット還元Kも省く。修正型の規則は、各実現時点で「実現済み案件の原価+未実現の評価損+費用の累計」をLPが先に受け取り、残りの累計超過の20%から支払済みキャリーを引いた額をGPが受け取る、とする。
案件②をt1の時点で150減損していれば(未実現損失のネッティング)、t1の先取りは300+150+150=600、超過150、キャリー30となり、t2の過払いは生じない。評価の基準が、過払いの有無を決める。
尾部を見る。案件③が300しか戻らなかったとする(総回収1,200・利益200・確定キャリー40)。修正型はt1に払った60に対し確定40でクローバック20。預託が30%なら残高は18で、2億円が足りない。純粋米国型は支払90に対し確定40でクローバック50、預託27では23足りない。欧州型は40を一度払うだけである。預託30%という推奨値は、順序が悪いときには足りない。不足分を埋めるのが、保証と連帯責任の条項である。
アセットオーナーにとって、この小節で重要なのは修正型の仕組みそのものではない。三型の違いがどこに現れ、契約書のどの条項がその違いを動かすかである。図3が示す通り、最終のキャリーは三型で等しい。違いは金額の水準にはなく、三つの次元に分かれて現れる(表4)。
| 次元 | 純粋米国型 | 修正型 | 欧州型 | 違いを動かす条項 |
|---|---|---|---|---|
| 時間価値 GPがいつ受け取るか | 最も早い——t1に90 | 中間——t1に60。案件②を減損して織り込めば30 | 最も遅い——清算まで0 | 分配条項の先取りの範囲(第一層に何を含めるか)と評価基準 |
| 平時の信用エクスポージャー LPが一時的にGPへ貸している額 | 大きい——t2時点で60の過払い(無担保・無利息) | 小さい——t2時点で30。減損ネッティングなら0 | なし | 未実現損失のネッティングと評価基準(原価と時価の低い方/公正価値/ゼロ評価) |
| 尾部での確定 後の利益が来ないときの返還と回収 | クローバック50・預託27で不足23 | クローバック20・預託18で不足2 | 返還なし | 中間クローバックの頻度・預託率・個人保証と連帯責任・返還額の定義(税引前か税引後か)・相殺権・継続ファンドへ移す際の扱い |
| 再現に要る入力 LPが自分で検算できるか | 案件別の費用配賦と評価の履歴——通常は再現できない | 実現済み原価と評価損の履歴——要求すれば取れる | 契約とキャッシュフロー履歴——手元で再現できる | 報告条項(実用別紙〔ILPA標準の利用手引〕④の四つ組) |
第一の次元は時間価値である。GPが早く受け取るほどGPに有利だが、三つの中では小さい差である。第二の次元が本体である。平時の差は消えない。最終キャリーが揃うのは、後の利益が過払いを吸収したからである。それまでの間、LPは過払い分を無担保・無利息でGPに貸している。数値例2のt2時点の過払い(純粋米国型で60、修正型で30)がその実額であり、尾部が来なくても、この貸出は実現のたびに起きる。差の源は成績の水準ではなく、実現の順序である。条項の価格は、成績の位置だけでなく、成績の順序の関数である。
第三の次元で、差が確定する。後の利益が来なければ、貸していた額は返還請求権に変わる。その回収は、預託の残高、保証の実効性、税引前か税引後か、GPの支払能力に依存する。平時の差が時間価値という小さな量であるのに対し、尾部の差は元本の一部が戻らないという量である。三型の最大の違いは、ここに現れる。しかも返還が要る場面は、GPに返す原資が最も無い場面である。エスクロとは、返還の約束に、残高を付けることである。数値例2の尾部で預託30%が足りなかったのは、預託率が平時の過払いではなく、清算時の不足に対して決まるべき数字だからである。
クローバックが発生したとき、GPは素直に払うのか。契約に返還義務が書いてあることと、金が戻ることは別である。戻りにくさには四つの摩擦がある。第一に、払う主体に金が無い。返還義務を負うのはGP法人だが、キャリーは受領時に個々のパートナーへ配られ、法人には資本がほとんど残らない。だから個人の保証が要る。日本のモデル契約の解説も、分配済みのキャリーが清算時には費消され、返還する資金がGPに残らない場合を「実際には想定される」と認めている。上場GPの開示が、これを数字で裏づける。カーライルは創業以来の返還累計を2.57億ドルと開示し、うち会社本体の負担は0.87億ドルにとどまる。残りは個人が払った。第二に、税引後になる。ILPAの原則は返還を税引前で求めるが、ILPA自身のモデル契約を含め、事実上すべての契約が返還額を納税後の額に上限づける。日本のモデル契約解説も同じ扱いを採る。米国の規制当局は2023年に税引後控除への通知義務を課そうとしたが、規則全体が2024年に裁判所で無効とされた。第三に、時期が遅い。多くの契約は清算時にしか検査せず、期間の延長は検査を先送りする。2017年の調査では、中間検査を持つ案件別ファンドでも、その8割は検査日が一度きりである。第四に、確定を避ける経路がある。継続ファンドへ資産を移せば、GPはその時点でキャリーを結晶化させる。結晶化したキャリーは、もはや清算時の返還検査に服さない。2023年の学術研究がこの機構を明記している。業界団体の継続ファンド指針は結晶化の禁止を求めるが、返還そのものには触れていない。
では何が払わせるのか。契約の文言よりも、次の募集である。2000年代初頭のドットコム崩壊後、米国のベンチャー投資家の多くはキャリーを現金で返さず、将来の管理報酬の減額で相殺し、返す場合も割り引いた額で交渉した。現金で返した例は、次のファンドを組成し続ける大手に見られる。ブラックストーンは2010年、不動産ファンドの中間クローバック1,930万ドルを現金で払い、うち390万ドルは現旧の個人が負担した。クローバックの実効性はGPの継続意思に比例し、最も回収が要るGPの失敗の局面で、最も弱い。返す原資が最も無い場面は、返す動機も最も無い場面である。アセットオーナーにできることは四つである。預託率を尾部の不足に合わせる。個人保証と連帯責任を取る。中間検査を定期にし、評価基準を契約で読む。そして、過払いの額を自分で知る。世界最大級の公的年金が2015年まで支払済みのキャリーを把握していなかったように、請求額を知らないLPからは請求が起きない。クローバックが払われない最大の理由は、GPの抵抗より先に、LPが請求額を知らないことにある(図4)。
修正型は、米国型と欧州型の間の一点ではない。二つのつまみで動く帯である。第一のつまみは先取りの範囲と評価基準で、平時の貸出を縮める。第二のつまみは中間検査の頻度と預託率と保証で、尾部の回収を担保する。ILPAの案件別モデル契約が求める部品は、この二つを別々に塞いでいる(表3)。アセットオーナーの問いは、どの型かではない。どのつまみが、どこに置かれているかである。同じ修正型の名でも、公正価値で評価し検査日が一度きりで預託のない契約と、ゼロ評価で毎年検査し預託30%の契約とは、別の危険を運ぶ。
期待値で言い直す。案件ごとに払う型は、案件ごとのオプションの和である。全体で払う型は、和のオプションである。前者は後者より常に価値が大きく、その差は案件間の成績のばらつきに比例する(数式の読み方 ⅩⅤ)。差の期待値は平時にGPへ移転し、その一部が尾部でLPに戻る。戻らない部分が、条項の本当の価格である。第四の次元、再現可能性はⅥ(二)で扱う。契約書で読むべきは料率ではない。先取りの範囲、評価の基準、検査の頻度、預託と保証の四つである。
普及の実勢を一段だけ置く。北米のバイアウトでは案件別型が約64%、全体清算型が約36%である(2026年の条件調査。2017年も同じ比率)。欧州では全体清算型が約85%、ハイブリッドと分類される契約が約12%である。米国のベンチャー契約の実証は、案件別型のファンドの成績が高いことを見出したが、成績の良いGPがその型を選べたのか、契約が行動を変えたのかは分けられていない。案件別型が LP を害するという単純な命題は、実証では立たない。立つのは、案件別型では検査の設計がLPの側の仕事になる、という命題である。
一本のファンドでは、286億円の事業収入である。これを運用会社(ファーム)の構造に載せると、景色が変わる。旗艦ファンドは3年ごとに連続組成され、常時複数本が並走する。管理報酬は重なり合い、キャリーは数年ごとに確定(結晶化)する。同じLP基盤の上に、クレジット・不動産・セカンダリー・グロースという隣接戦略が増え、それぞれが自分の2/20系を持つ。運用コミット1兆円の中堅ファームで、年間の管理報酬は150〜200億円になり、そこに周期的なキャリーが載る。運用資産数十兆円のメガファームなら、平均1%でも管理報酬だけで年数千億円である。成績が出る前に、規模だけで、である。この収入は、キャリーの社内配分(キャリープール)を通じて、少数のパートナーに極端に集中する。仕上げは、運用会社自身の上場とGP持分の売却である。将来の報酬の流れが、株式時価総額という現在の金に変換される。製造機の出力が、株価として見える段階である(図5)。
(一)報酬は成績ではなく規模の関数である。製造機の燃料は、アルファ(運用の腕前による超過収益)ではなくAUM(運用資産残高)である。「スキルの経済価値は結局、運用者側の報酬になる」というBerk–Greenの均衡(伝統資産編第2章)を、契約で10年固定した極限形である。成績が悪くても、途中解約で報酬を止めることは原則としてできない。解任やノーフォルト解散の条項はあるが、発動要件は重く、稀である(オルタナ編第6章)。報酬の年金化である。
(二)キャリーは下方負担のないオプションである。GP自身の出資1〜2%を除けば、失敗の損失はLPが全額負い、成功の20%はGPが取る。上振れだけに連動する取り分は、振れ幅そのものを好む誘因を生む。
(三)報酬イベントは自己創出できる。Ⅱの第三層で見た通りである。継続ファンドがその典型である。
(四)超過リターンなき超過報酬。2000年代半ば以降の米国PEは、報酬控除後の成績が上場株式並みだったという実証が、繰り返し報告されている。同じ期間に業界は巨額のキャリーを徴収し、PE創業者の長者番付入りは一桁から二十人超へ増えた(Phalippou 2020。原典確認済み。照合の記録は資料別紙〔検証の記録〕)。富は市場に勝つことからではなく、他人の金の規模と報酬構造から製造された。移転元は年金受益者である。これが批判の核心である。
(五)換算の視点。本紙の模式例が示した「一人あたり2.9万円」である。この形に落ちて初めて、フィーは受益者の議題になる。
公平のために、反対側も記す。創業期のGPは、長期の無報酬リスクを負う。目に見えるのは生き残った成功者だけで、大半のGPは小さく終わる(生存バイアス)。優れたGPは実在し、だからこそ選定と検証に価値がある(オルタナ編第4章)。キャリー課税の当否は、本書の射程外である。本紙の目的は告発ではない。この構造を知った上で、なお払う価値があるかを、毎回計算できる状態を作ることである。
ここまで本紙は、何が複雑か(Ⅱ)、いくらか(Ⅲ)、誰が得るか(Ⅳ・Ⅴ)を解剖してきた。しかし解剖学は、病理の発生史を持たない。なぜこの報酬体系は、これほど複雑に発達し、成立し、買い手に許容されたのか。答えは三段に分かれる。発生、成立、許容である(表5)。
発生。器が先にあった。1946年に設立された最初の機関型ベンチャー投資会社は、公開の閉鎖型会社であり、報酬の型を持たなかった。1959年、西海岸で最初のリミテッド・パートナーシップ型のファンドが組成された。管理報酬2.5%、成功報酬20%、期間10年という型が、ここで置かれた。創設者の一人は後年、この型が「以後ほとんどすべてのベンチャー投資家に複製された」と回想している。成功報酬の20%には先例がある。1949年に組成された最初のヘッジファンドが、利益の20%をパートナーの報酬とした。買収ファンドの側は、この構造を石油ガス組合から借りたと自らの創業史に書く。だが先行例は既にあった。器を満たす資金の主が変わったのは、1979年である。米国労働省が年金資産の運用における「慎重な者」の基準を明確化し、分散の考慮を認めた。年金の資金が、この器へ流れ込んだ。ベンチャー投資への出資に占める年金の比率は、1978年の15%から1988年の46%へ上がった。同じ頃、税務上の扱いが型を固定した。利益持分は付与時に課税されず、後の実現時にキャピタルゲインとして扱われる。
条項は、この器の上に堆積した。優先収益はLPが入れた。その由来と導入年を示す一次資料は無い。だが2000年代には買収ファンドの九割超が持ち、その大半が8%という水準に固まっていた。キャッチアップは、優先収益で失った取り分をGPが取り戻す条項であり(数値例1)、優先収益なしには存在しない。案件ごとの分配は過剰分配を生み、過剰分配がクローバックを生んだ。払われないクローバックが、預託と個人保証を生んだ(Ⅲ)。そして条件は、好況期に売り手へ傾き、そのまま固まる。大標本の実証は、二つのことを示している。報酬の高さと、フィー控除後の成績の間に関係が無いこと。資金調達の好況期に報酬が増え、成績に連動しない構成へ移ること。複雑さは、誰も設計していない。紛争のたびに一条項ずつ足され、好況のたびに固まった。条項は、過去の紛争の化石である。
成立。なぜ簡素化に戻らなかったか。検証の非対称が答えである。料金の次元が多いほど他社と比べられず(Ⅱ)、複雑さは売り手にとって難読化の価値を持つ。買い手の側の応答は、標準化だった。LPの業界団体の原則は2009年、2011年、2019年と三版を重ねた。集合行為は、現に条件を買い手へ動かした。オフセットは100%へ、案件別のキャリーは米国で2011年の52%から2016〜17年の22%へ動いた。だが標準化は、複雑さを減らさなかった。原則は40頁を超え、費用の条項は数頁に伸び、契約は一様からは程遠いままである。税制が型を固定し、ファーム水準の経済(Ⅳ)が複雑さの維持費を払った。監督当局が検査に入って初めて、半数超の運用者にフィーと費用の違反が数えられた(2014年)。違反が数えられるまで、複雑さは違反ですらなかった。標準化は複雑さを減らさない。複雑さの中の位置を変える。
許容。買い手はなぜ受け入れたのか。ここで正直に書くべきことがある。この報酬構造を知悉した上で出資していたアセットオーナーは、多くない。日本では、なお少ない。許容とは「知って許した」ことではない。知らないことが制度化されていたことである。三つの機構が働いた。第一に、検証には値段があり、誰も払わなかった。再計算に要る入力は要求しなければ来ず、要求する様式が無かった。世界最大級の公的年金が支払済みのキャリーを把握していなかったのは、2015年である。同じ私募ファンドに出資する公的年金の間で、実効条件が大きく分散していることが実証されたのは、2024年である(Ⅵ)。第二に、説明の宛先が上を向いていた。担当者は自分の金を払っていない。説明すべき相手は理事会と母体であって、受益者ではない。理事会に政治任命の理事が多い公的年金ほど私募の成績が低いという実証は、この宛先の構造が成績に現れることを示す。第三に、アクセスが希少財だった。成績の持続が実証され、上位の運用者に入れること自体が成果と見なされた時代には、条件は入場料だった。精査する者は、入れない側に回った。エンダウメントの優位は2000年代に消えたが、条件を呑む習慣は残った。
日本には、四つ目の機構が加わる。料率しか見ない低フィー文化が、料率の外にある複雑さを素通りさせた(伝統資産編第5章)。器の側では、投資事業有限責任組合の法は1998年に成立し、2004年の改正で現行の名を得た。経済産業省のモデル契約は2010年、2018年、2025年の三版を重ね、全体清算型を多数派の実務として記述している。日本の買い手は、米国型の複雑さを輸入する前に、自国の器の条項を読む段階にある。それは遅れではない。堆積が始まる前に、検収を置ける位置である。
| 段 | 機構 | 係留(実証・一次資料) | 本紙の部品 |
|---|---|---|---|
| 発生 | 器(パートナーシップ・年金参入・税務)が先にあり、条項は紛争のたびに堆積し、好況期に固まる | 1959年の型(2.5/20/10年)・1979年の労働省規則・年金比率15%→46%・報酬と成績の無関係と好況期の固定化(大標本) | Ⅱ 三層/数値例1/Ⅲ 修正型 |
| 成立 | 検証の非対称が複雑さに難読化の価値を与え、標準化は成文化にとどまり、税制と製造機が維持費を払う | 業界原則の三版(2009・2011・2019)と40頁超・案件別キャリー52%→22%・検査で半数超に違反(2014) | Ⅱ 整合と難読化/Ⅳ 製造機/Ⅵ(一) |
| 許容 | 知らないことの制度化——検証の値段・上向きの説明・アクセスの希少性、日本では低フィー文化 | 支払累計を知らなかった最大手(2015)・同一ファンド内の条件分散(2024)・政治任命理事と成績の負相関・エンダウメント優位の消滅(2000年代) | Ⅵ(二)再計算/表4/〔オーナーのいないアセット〕 |
三段を束ねれば、一行になる。複雑さは、検収されなかった年数の堆積である。だからⅥの四原則は、簡素化の要求ではない。堆積を止める要求である。本紙の著者もまた、この堆積の内側で仕事をしてきた側に属する。知らなかった側が知る側へ移る過程を、自分の職業の上で記録する。それが、告発ではなく検収として本紙を書く、唯一の方法である。
(一)率ではなく金額、部分ではなく全部込み。ILPA(機関投資家LPの業界団体)のフィー報告様式で、全項目を取得する。オランダの大手年金が先行した、全コスト開示の様式に倣う。「管理報酬2%」ではなく、「今年この関係に支払った総額」で語る。
(二)再計算可能性の原則。分配の順序規則(ウォーターフォール)を自分の表計算で再現できないLPは、キャリーの金額の正しさを、運用者の自己申告のまま受け入れている。NAVの自己採点問題(オルタナ編第1〜2章)と同型である。本書の言葉で言えば、再計算できない報酬は、監督されていない報酬である。
ここで、混同されやすい二つの門を分けておく。原則(一)が求めた記録は、いくら払ったかの観測である。本原則の再現は、その金額が契約どおりかの検証である。記録の元データがGPの報告のままなら、それは自己申告の転記でありうる。二つで一組の検収である。統合終章の検証可能性の条件で言えば、記録は遡行と全数の層、再現は再計算の層にあたり、両者の突合が照合の層にあたる。記録なき再現は突合の相手を欠き、再現なき記録は自己申告の転記である。
では、再現は実際に可能なのか。再現に必要な入力を三種に分ければ、答えが出る(図6)。①契約パラメータは、契約書にある。料率・ハードル・キャッチアップレート・ウォーターフォールの型である。②キャッシュフローの全履歴、つまりコールと分配の日付と金額は、LP自身の記録にある。③GPの開示に依存するのは、実績入力だけである。投資先から徴収したフィー、費用の配賦、未実現の評価がこれにあたる。ゆえに欧州型のキャリーの骨格は、いま手元にある情報だけで、表計算により再現できる。壁は計算ではなく、③の開示である。そして開示は、要求すれば契約で取れる。取る様式は四つ組である。発生累計、支払済み額、エスクロ残高、清算擬制のクローバック潜在額の四つで、報告条項の正典は実務基準側の別紙にある。他方、案件ごとに分配する米国型は、案件別の費用配賦と損失通算と中間評価の履歴が要る。LP向けの開示では、通常再現できない。修正型(Ⅲ末の小節)は、両者の中間にある。実現済み案件の原価と未実現の評価損の履歴があれば骨格は再現でき、案件別の費用配賦までは要らない。ただし、評価損の基準を契約書で読めることが条件である。欧州型の選択は、リターンの順序の選択であると同時に、再現可能性の選択でもある。
この分界が絵空事でないことは、二つの実例が別々の門で示している。世界最大級の公的年金CalPERSは2015年、キャリーの支払累計を把握していないと批判を浴びた。同年11月、追跡の仕組みを整え、1990年以降のアクティブファンド分34億ドルを開示した。精密に言えば、これは記録の門の事件である。最大手ですら、まず記録ができていなかった。そして作れば、記録はできた。再現、すなわち独立の再計算が可能なことは、別の実例が示す。LPに代わって再計算を業とする専業者は、既に複数ある。英コルモア(Colmore)はフィーの追跡・検証を業とし、3,000本超のファンドを監視する規模に育ち、2021年に大手データベンダーPreqinに買収された。可能である、ただし自前で行うLPは少数、という現状の証明である。例示は公知の買収事実による市場の存在の係留であって、特定業者の推奨ではない。
この市場の帰趨には続きがあり、そこに新しい監督論点が一つ生まれている。Preqin自身が2025年、世界最大の運用会社BlackRockに買収され、そのデータ基盤(Aladdin・eFront)への統合が進む。所有の鎖を並べれば、買い手の検証の道具(Colmore)、データベンダー(Preqin)、売り手の側の基盤(BlackRock)の順になる。買い手の検証の道具が、売り手側の基盤に吸収されていく構図である。フィー検証を外部に委嘱するときの問いは、「計算できるか」に加えて、検証者は誰に属するかになった。原則(四)の分離のシグナルは、検証者自身にも当てて読む。「再現できるか」は測定の問いではなく、発注の問いである。
(三)複製価格との対比。フィーが正当化されるのは、複製できない部分だけである(オルタナ編第6章)。レバレッジ付き上場株で複製できる部分に、年数%は払えない。
(四)報酬設計は分離のシグナルである。フィー報告様式を即座に受けるGP、オフセット100%、キャッシュ・ハードル(成功報酬の起点を現金金利に置くこと)を受けるヘッジファンド。受諾それ自体が情報になる(伝統資産編第7章の1-or-30と同じ力学)。
本紙の結論は、ここまで一貫して買い手に宛てられている。憲法を読む技術は買い手の技術であり、再計算は買い手の義務である。では、売り手の側には何もできないのか。限界を先に引く。検収は、買い手にしか完成できない。売り手が検収の問いまで作り、自己採点の様式ごと納品すれば、検査される者が検査を設計する形になる。売り手にできるのは、検収されうる形で自分を差し出すことまでである。
だが、その内側は空ではない。鍵は一つの読み替えにある。検証可能性の供給は、売り手にとって利他ではなく、自己防衛である。Ⅲの尾部で見た通り、清算の日に返還を迫られるGPを守れる文書は、宣言と、宣言との一致の記録しかない。先取りの範囲を契約で明示していた。評価基準を書いていた。預託を積んでいた。四つ組を毎期報告していた。そう言えるGPだけが、「払い過ぎを隠していた」という座標から降りられる。行動可能域は五つある。第一に、表4の四つの条項、すなわち先取りの範囲・評価基準・検査の頻度・預託と保証を、聞かれる前に開示する。第二に、四つ組を定型の報告に載せる。第三に、再現に要る入力、すなわち実現済み案件の原価と未実現の評価損の履歴を、LPが自分の表計算で骨格を再現できる形で渡す。第四に、返還の約束に、自ら残高を付ける。預託と個人保証を契約の初日に差し出すGPは、尾部が来たときに交渉ではなく履行で応える意思を、初日に示している。第五に、全体清算型を自ら選ぶ。それは分配の順序の選択であると同時に、再現可能性を買い手に渡すという自己申告である。
単独では均衡に勝てない、という反論は正しい。答えは標準化である。規範の実効性が、同じ様式を名指しする発注者の数に宿るのだとすれば(オルタナ編終章の定式)、供給の側にも対称の経路がある。複数の運用者が同じ開示様式を差し出せば、買い手がそれを名指す費用は下がる。本紙が広まるほど選ばれるのは、この五つを差し出せる売り手である。本紙は、売り手を裁くために書かれたのではない。検収に耐える売り手を、選び出せるようにするために書かれた。
本紙はここまで、報酬体系を一つの契約として読んできた。だが同じファンドの中で、LPは同じ条件を払っていない。報酬の「選択」には五つの型がある(表6)。GPが料率の組を並べてLPに選ばせる明示的な選択制は稀で、公開で継続例が確認できる大手は一社である。ヘッジファンドでは、初期投資家向けの割引クラスが常態である。私募ファンドで常態なのは、交渉とサイドレターが作る階層と、時期と規模に応じた条件付割引である。米国の公的年金200機関と2,600本の私募ファンドを突き合わせた実証によれば、大半のファンドは二つの階層を持つ。階層の差は、管理報酬で約91ベーシスポイント、キャリーで約5.8ポイントに及ぶ。全員が各ファンドの最良条件を得ていたなら、100ドルあたり8.50ドル多く残った。選択制の一社の例では、ファンド・オブ・ファンズは低い管理報酬と高いキャリーを選び、財団は伝統的な型を選んだ。投資家の型が選択に現れた。メニューは価格表ではない。選ぶ者を分類する装置である。
| 型 | 実在 | 主語 |
|---|---|---|
| ①明示的な選択制 | ヘッジファンドの1-or-30(2016年〜)。私募ファンドでは一社の継続例のみ=稀 | GPが設計しLPが選ぶ。ただし1-or-30は買い手が持ち込んだ型 |
| ②シェアクラス | ヘッジファンドで常態——新規ファンドの4割超が初期投資家向けクラスを持つ(2019年) | GPが設計し、時期と規模で自動的に選別 |
| ③交渉・サイドレターの階層 | 私募ファンドで常態——大半が二階層・差は約91bp/約5.8ポイント | LPが交渉し、GPが承認。MFN条項の階層が開示にも及ぶ |
| ④条件付割引 | 早期クローズ・大口・再出資への割引——早期割引は2020年に新規ファンドの半数 | GPが設計 |
| ⑤買い手が単一の型を課す | 米テキサス州教職員退職年金(TRS)のヘッジファンド委託における1-or-30(2016年〜)・GPIFの伝統資産アクティブ委託における実績連動報酬(2018年)。私募ファンドで単独の買い手が型を課した例は未確認 | AOが設計し、運用者に選択を許さない。私募では集合行為(モデル契約・共同書簡)が代替 |
アセットオーナーにとっての問いは、どの型を選ぶかではない。自分がどの階層にいるかを知っているか、である。階層は規模と経験と交渉力で決まり、それらが弱い買い手ほど、同じファンドで多く払う。日本のLPの多くが悪い側にいる蓋然性は、高い。表4の四条項を読む前に、他のLPが何を得ているかを問う。MFN条項の階層と選択期限、サイドレターの台帳、他LPの条件の開示権である。それが階層を知る唯一の経路であり、実用別紙の交渉標準が規律として持つ項目である。階層を知らない買い手は、階層の下にいる。
そして主語を逆転させることができる。五つの型のうち最も強いのは、買い手が単一の型を持ち込み、運用者に選択を許さない⑤である。テキサス州教職員退職年金(TRS)は、ヘッジファンド委託について、成功報酬をハードル超過分の30%のみとする型を自ら設計した。受け入れない運用者を投資委員会に上げないと決め、委託の過半を移した。GPIFは2018年、伝統資産のアクティブ委託について、基本報酬をパッシブ水準まで下げ、実績連動部分の上限を撤廃し、複数年の繰越で払う型に一律で移行した。二つの例は、いずれも私募ファンドの外にある。私募ファンドで単独の買い手が報酬の型を課した例は、本紙の照合では見つからない。そこで代替として働くのが、集合行為である。業界団体のモデル契約と、同じ様式を名指す発注者の数である。単独ではそれができない買い手が、数によって均衡を動かす経路であり、系譜の三段目「許容」を「行使」へ反転させる唯一の手である。選択制の最強形は、選ばせないことである。
階層があるファンドでは、比較可能性も統治も単一ではない。成績の報告様式は、複数の料率が並ぶとき、最高料率で控除するか加重平均を取ることを認めている。業界の報告様式は料率条件を意図的に載せない。自機関の成績を語るとき、どの階層で払ったかを添えなければ、その数字は他機関と比べられない。そして異なる経済条件を持つLPが同じLPAC(LP諮問委員会)に座るとき、出口の時期や期間延長の判断で利害は割れうる。この帰結を一次資料で裏づける研究は見当たらず、本紙の推論として置く。日本では、経済産業省のモデル契約は階層も最恵待遇も扱わず、金融庁が2024年に階層型の最恵待遇を論点として示した段階にある。階層が見えていない市場では、自分の階層を問う買い手が、最初に階層を可視化する。憲法が複数あるファンドに、単一の統治はない。
憲法は、読める者のためにしか機能しない。読む技術の全体が、本書の方法論である。利に放りて行えば、怨み多し。怨みを減らす道は、利を無くすことではない。利の在り処を、誰もが再計算できる場所に置くことである。